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最高裁判所第三小法廷 平成10年(行ツ)121号 判決

愛知県碧南市道場山町四丁目六八番地

上告人

原田笑子

原田義久

愛知県安城市里町三郎三番地九

上告人

久野恵子

右三名訴訟代理人弁護士

竹下重人

髙木道久

愛知県刈谷市神明町三丁目三四番

被上告人

刈谷税務署長 中田潔

右指定代理人

杉山典子

右当事者間の名古屋高等裁判所平成九年(行コ)第六号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が平成一〇年一月二八日に言い渡した判決に対し、上告人らから上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人竹下重人、同髙木道久の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

(平成一〇年(行ツ)第一二一号 上告人 原田笑子 外二名)

上告代理人竹下重人、同髙木道久の上告理由

一 原判決には、民事訴訟法附則第二〇条による旧民事訴訟法第三九四条違反〔判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背の存在(経験則に反する判断の結果としての法令違背及び審理不尽)〕が存し、破棄されるべきである。

二 本件第一審判決及び原判決は、上告人ら名義及び第一審の共同原告であり原審でも共同控訴人であった訴外原田美貴夫(以下「訴外美貴夫」という)名義の証券会社における各取引口座において買付及び売付についての名義の交錯があること(以下この名義の交錯を「異名義取引」という)、右各取引口座間での資金移動が存すること(以下この口座間での資金移動を「資金融通」という)及び本件各係争年度において上告人らが各自々己の資金と危険負担において本件株式取引を行っていたと認めるに足る証拠のないことを主な理由として、本件各係争年度における本件各株式取引はその総てが訴外美貴夫が上告人らの各名義を借用して実行したものであってその結果も訴外美貴夫に帰属するものであり、従って、上告人らが本件株式取引により取得した株式について得た配当所得についてもこれらは総て訴外美貴夫に帰属すると結論している。

三 しかしながら、右の判断には、第一審及び原審のいずれもが、昭和六〇年から同六二年にかけての株式取引ブームの際には所得税法九条一項の規定を濫用して脱税を企てた事例が続出したという周知の事実と一家の主人が自己の株式取引をその家族名義に分散させて行うという事例が散見されるという予断を抱いて本件審理に臨んだ結果、本件各証拠の評価を誤って経験則に反した事実認定に至ったという審理不尽の違法がある。即ち、

四 右審理不尽の事実は、まず、第一に、右異名義取引の量及び右資金融通の量が本件株式取引全体に占める割合からしても明らかである。即ち、

1 第一審判決及び原判決が問題としている異名義による株取引は、株式数にして本件各係争年度の四年間の合計で上告人ら名義及び訴外美貴夫名義でそれぞれなされている株式取引の総数約六九五万二〇〇〇株のうちの約一七万四〇〇〇株であってその比率は二・五一パーセント、回数にして本件各係争年度の四年間の合計で二六回であって一年間に一人当り一・六回にしかならない。このような極めて少ない取引の数量且つ回数の異名義取引が存するからといって、総ての本件株式取引による効果がいずれも訴外美貴夫のみに帰属すると結論づけるのは経験則に反した違法な判断である。

2 この点、原判決は「一人の者が昭和六〇年から同六二年までの三年間で二五回にわたり異名義で合計一七万一〇〇〇株もの取引をすれば、その名義の取引全体について真実は右の者が取引をしたのではないかと疑われるのである」と判示して、右異名義での株式取引の総てが訴外美貴夫に帰属することを前提として本件株式取引の総てが訴外美貴夫に帰属するものとして本件各配当所得も上告人らではなく訴外美貴夫に帰属することを結論づけている。

しかしながら、上告人らの原審における平成九年六月二日付準備書面の別紙一「異名義取引一覧表」の記載から明らかなとおり、本件異名義取引の総てが訴外美貴夫名義と上告人らのうちの一人の名義との組合わせで行われた訳ではなく、例えば、アキロス株式については上告人原田笑子(以下「上告人笑子」という)と上告人原田義久(以下「上告人義久」という)の、三共生興株式、ブルドックソース株式及び椿本チェーン株式についてはいずれも上告人久野恵子(以下「上告人恵子」という)と上告人笑子の、石井食品株式については上告人恵子と上告人義久の、それぞれ各名義の組合わせで取引されている。これらの各名義の組合わせの一事を以てしても、「一人の者が」「異名義で合計一七万一〇〇〇株もの取引」をした訳ではないことは明らかである。

にもかかわらず、この事実を排斥し得るに足る他の何らの証拠を示すことなく、本件異名義取引の総てが訴外美貴夫に帰属すると結論づけた原判決には審理不尽の違法があると言わざるを得ない。

3 その上、第一審判決及び原判決が問題としている資金融通は、本件各係争年度の四年間を通じて平均単価を金七〇〇円と推定した当該期間中の約六九五万二〇〇〇株の株式取引総額金四八億六六四〇万円のうち合計二六回で金額にして合計金一億三四〇八万三五六〇円であり、その比率は二・七五パーセントに過ぎない。このような極く少数の資金融通が存するからといって、総ての本件株式取引による効果がいずれも訴外美貴夫のみに帰属すると結論づけるのは経験則に反した審理不尽の判断である。

五 次に、第一審判決及び原審判決のいずれも、本件資金の融通に関して上告人らが清算を実施してきた点について上告人らに極めて有利な書証である本件売買報告書のメモ書部分(甲第一八号証の一乃至一七、甲第一九号証の二乃至二二、甲第二〇号証の一乃至一一、甲第二一号証の二乃至九及び甲第四四号証の一、二)につき、いずれも鉛筆による記載であること、書体や文字の大きさが酷似していること及び本件訴訟書類中に使用されている「共同買付」なる用語が記載されていること等を根拠として、「全体として、事情を知っている家族間の清算のためのメモというより、第三者に対する説明用の記載のように丁寧かつ明瞭に記載されている」(第一審判決書五二頁)上に、訴外美貴夫がるる述べる本件審査請求の際に本件売買報告書を提出しなかった理由は「到底首肯しうるものではなく、信用できない」(原判決書一二頁)から、右メモ書部分は、いずれも各売買報告書が証券会社から上告人ら各人宛に送付された際に記載されたものではなく、本件訴訟が第一審裁判所に係属した後に当時の原告らによって作成されたものであるとして、その証明力を否定している。

しかしながら、前述のとおり、本件各係争年度における上告人ら及び訴外美貴夫の各名義による株式取引の総数は約六九五万二〇〇〇株に上っているのであり、第一審において被上告人より本件株式及び資金の各移動についての主張がされ且つこの主張を基礎づけるための上告人ら等の顧客勘定元帳が書証として提出された後であっても、これらの資料から逆に推認して数年以上前になした約六九五万二〇〇〇株に上る株式取引に関する資金の移動についての説明書である右各メモ書部分を作出することは人知の及ぶところではなく、絶対に不可能な所為である。

しかも、「共同買付」なる文言は上告人らの教示によりその訴訟代理人らが使用して本件訴訟手続上で認知された用語である上に、鉛筆による記載であるとの点についても、買付月日、株数及び単価等をメモ書した株券(甲第二五乃至二八号)や取得株式の銘柄及び数量等をメモ書した証券会社からの送付用封筒(甲第二二乃至二三号証)における各メモの記載も総て鉛筆による記載であるから、原判決の認定に従えば右株券へのメモ書や送付用封筒へのメモ書も上告人らが本件訴訟の係属後に作成したこととなるが、右各メモ書の内容を事後的に特定して右各メモ書を本件訴訟の係属後に作成することは本件売買報告書についてのメモ書を作成する以上に絶対に不可能な事柄である-ちなみに、本件売買報告書の各メモ書の証拠力を排斥した第一審及び原審の各判決のいずれもが、右株券及び送付用封筒への各メモ書が有する証明力については一言も言及していない点に留意されたい-。

以上の諸事実に、本件売買報告書のメモ書の中には移動した資金の清算に関係のないソントン株式の贈与についての記載がある点(甲第一八号証の四参照)を勘案する際には、本件売買報告書の各メモ書は上告人ら及び訴外美貴夫が忘備のために本件各売買報告書の送付を受けた都度記載したものと評価するのが相当であり、この評価を阻害するに足る他の証拠が存しないにもかかわらず、右各メモ書の証明力を否定した原判決には経験則に違反する審理不尽の違法があるといわざるを得ない。

六 また、第一審判決及び原審判決は、いずれも上告人らが自己の資金及び危険負担において本件株式取引を行っていたとは認められない旨を判示しているが、この判断も経験則に反して証拠を評価した結果であって審理不尽の違法がある。即ち、

1 第一審判決及び原判決はいずれも、

(一) 上告人義久が株式に関する新聞記事をスクラップにしたり株価の罫線グラフを作成したりしていたことは認めつつも(甲第一三号証並びに訴外美貴夫及び上告人義久に対する各尋問結果)、右資料が本件各係争年度における物ではないことの一事を以て本件各係争年度における上告人義久名義の本件各株式取引が同人に帰属することを、

(二) 上告人恵子が作成した株価についての罫線グラフ(甲第一四号証の一乃至四並びに甲第一五、一六、二二及び二三号証)については、同人が右各罫線グラフを作成したからといって同人が自己の投資判断に基づいて同人名義の本件各株式取引を行っていたものと認めることは出来ない旨を判示して、本件各係争年度における上告人恵子名義の本件各株式取引が同人に帰属することを、

いずれも排斥している。

2 しかしながら、株価の罫線グラフを作成するためには株式市況についての一応の知識を必要とする上に、グラフの対象となる当該株式銘柄の値動状況を常に観察している必要がある。

従って、ある者が株価についての罫線グラフを作成する能力を有し且つ現実に当該罫線グラフを作成している以上は当該作成者そのものが自らの危険負担において株式取引を行うのが経験則上通常であり、証券会社の営業担当者のように罫線グラフの作成を業務の一環としている人物については格別、そうでない者が、自らは株式取引を行わないにもかかわらず株価についての罫線グラフを作成している場合には右作成について特段の事情が存することが必要である。その上、上告人義久においては、本件各係争年度においては本件パソコンを用いて罫線グラフ等を観察していたのであるから(甲第五九号証及び上告人義久の本人尋問の結果)、同人が本件各係争年度に対応する株価の罫線グラフを作成していないことは本件各係争年度において同人が自ら本件株式取引を行っていないことの証拠とは成り得ない。

3 しかるに、第一審判決及び原審判決のいずれも右特段の事情について何ら言及することなく、上告人義久及び同恵子がそれぞれ作成した罫線グラフ(甲第一四号証の一乃至四並びに甲第一五、一六、二二及び二三号証)が存するにもかかわらず、同人らが自らの危険負担において本件株式取引を行っていない旨を認定しているが、これは経験則に違反して右各書証及び右同人らの供述の証拠力を評価した結果であり、右各判決に審理不尽の違法が存することは否定出来ないところである。

七 本件第一審判決が争いのない事実として認定しているとおり、本件係争各年度においていずれも法定申告期限までに被上告人に対し、上告人笑子は、配当所得について第一審判決書の別表(九)及び同(一〇)の各確定申告欄記載の確定申告をして各同欄内の還付金の額に相当する税額欄記載の金額の、上告人義久は、配当所得について第一審判決書の別表(一一)及び同(一二)の各確定申告欄記載の確定申告をして各同欄内の還付金の額に相当する税額欄記載の金額の、上告人恵子は、配当所得について第一審判決書の別表(一三)及び同(一四)の各確定申告欄記載の確定申告をして各同欄内の還付金の額に相当する税額欄記載の金額の、それぞれ税額還付を受けている。

仮に、第一審判決及び原審判決が認定しているとおりに本件株式取引の総てが訴外美貴夫に帰属するのであれば、本件株式取引に関して生ずる税金関係については訴外美貴夫のみが申告して上告人らは何らの申告をしない方がそれだけ本件各名義での税務調査の対象となりにくい訳で、上告人らが被上告人に対して上告人各自に対する配当所得についての確定申告までして相当額の税額の還付を受けるような税務調査の対象となり安い所為を実施するのは不合理である。

八 上告人ら各自が右のとおり確定申告を自ら実施していることに、

1 右売買報告書のメモ書部分(甲第一八号証の一乃至一七、甲第一九号証の二乃至二二、甲第二〇号証の一乃至一一、甲第二一号証の二乃至九及び甲第四四号証の一、二)により異名義取引の際の株式の分配及び資金融通の清算についての一応の証明がなされていること

2 異名義取引により実際上は僅かであっても証券会社へ支払うべき売買手数料及び取引回数の節約が可能であってこの目的に不合理性は存しないこと-原審判決はこれらの節約度が低いために右各節約の目的は異名義取引を正当化する理由にならない旨を判示しているが、これは結果論であり、本件各係争年度中に実際に株式取引を行っている最中の上告人らは少しでも取引回数や手数料を節約しようと考えるのが経験則上通常であり、その効果が薄いという結果の一事を以て右目的を排斥するのは経験則に反している-

3 上告人義久及び同恵子が、それぞれ右罫線グラフ(甲第一四号証の一乃至四並びに甲第一五、一六、二二及び二三号証)を作成していたこと

4 上告人らは所得した株券についてその取得者の名義へ名義変更手続をを了して当該株券を所持していたこと(甲第二五乃至二九号証)、

5 上告人らは、買付月日、株数及び単価等を受領した株券に(甲第二五乃至二八号)、取得株式の銘柄及び数量等を証券会社からの送付用封筒に(甲第二二乃至二三号証)、それぞれメモ書していること

6 上告人ら及び訴外美貴夫は合計三台の金庫を有して各自が買付た株券を他と混同しない形で保管しており(甲第一七号証の一乃至七)、本件異議申立の調査の一環として担当係官が上告人ら宅の一階居間に置かれた金庫の中を確認した際にも、訴外美貴夫名義の株券等は全く発見されていないこと(乙第六九号証及び後藤証人の尋問結果)

7 上告人らは各自で株式取引関連図書を所持して株式取引を研究しており(甲第一七号証の六、九及び一〇並びに各本人尋問の結果)、上告人義久が本件パソコンを使用して株価の研究をしている姿を証人平井も現認していること(甲第五九号証及び証人平井の尋問結果)

の証拠上明らかな諸事実を併せて勘案する際には、本件株式取引は各名義人により真実行われていたと判断するのが経験則上相当であり、この経験則を排斥するためには、特段の事情を必要とするところである。

しかるに、第一審判決及び原審判決のいずれも、右特段の事情には何ら言及することなく、右異名義取引の目的を不合理と判断した上で右売買報告書のメモ書部分や右罫線グラフの証明力を排斥し、右4乃至6の各事実には何らの注意も払わないままに本件訴訟より数年以上前である本件各係争年度中の僅かな資金の融通や上告人らの記憶のない株式取引の資金源についての交錯を理由として上告人らの本件請求を棄却している。

九 右の判断は経験則及び採証法則のいずれにも反した判断であり、右1乃至7の諸事実に照らせば、第一審判決及び原判決のいずれにも、経験則及び採証法則にそれぞれ違反した結果として判決の結果に影響を及ぼすことの明らかな審理不尽及び法令違背の違法が存すると断ぜざるを得ず、御庁による破棄を免れないものである。

以上

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